今の彼氏と出会うまで Yさんとの話③
これの続きです。nonkibuta.hatenablog.com
怪しい逢瀬を続けていた高3の秋口。
Yさんは年齢詐称をしていたことが判明。
24歳ではなく28歳でした。だから妙にシワが多かったのか?
普通なら人を信じられなくなるところですが、私はまだ浮かれていたので
「この人ウケる~~」と思っていました。
高3の夏から翌年の夏頃まで1年間付き合って、外デートは6回くらいでした。
よくカラオケに行きました。
印象に残っていることは、彼は何か指すときに、手首を回転する癖があったのです。
カラオケで機種や時間を決める時もそうでした。
私は彼の動きに合わせて、心の中でそう唱えました。
思えば、エスカレーターに乗るたび横向きになり、足を微妙に曲げて、片腕を手すりに
投げる体勢になっていました。
プライドも高かったし、ナルシストだったのかもしれません。
カレー屋さんにも行きました。
彼は肉を丸ごと口に放り込み
何やらモゴモゴさせて、口から骨を出しました。
衝撃的なシーンです。
大学に入る前、iPhoneデビューした私はLINEをダウンロードしました。
友達も少なく、暇だったのでLINEを送りまくっていました。
Yさんから嫌われてしまい、最終的に 豚饅頭 とあだ名をつけられて自然消滅しました。
「豚の散歩なんか誰がするかっての。」それが最後の言葉です。
これからの人生、氷室京介のKISS MEを聴くと、彼の顔が思い浮かぶことでしょう。
友達がほぼいない高校生活で、唯一私の恋愛を知る人がいました。
同じクラスのHちゃん。デートで何してるか聞かれ、
「カラオケかな・・・?」と言ったら
「何にもされてないよね?男の人は狼なんだから!!」
と心配してくれました。
もう手遅れでした。
今の彼氏と出会うまで Yさんとの話②
こんばんは。この続きです。
初めて出来た彼氏?のYさん。
今思い出しましたが、初対面でミスタードーナツに行ったとき、
手を触りあって「気持ちいい☆」と言い合うのを延々とやっていました。
相当気色の悪い2人組ですね。
私は何も考えずココナッツなんとかを食べて、こぼれて惨事になってしまったので、
デートでココナッツのやつはやめたほうがいいと勉強になりました。
初対面から1週間後くらいに、
再び同じ場所で待ち合わせることにしました。
その間に、メールのやり取りも続いていましたが、その内容はひどいものでした。
私のテンションがあがってしまい、何故かホテルに行く流れになりました。
前と同じカラオケ店に行き、2時間ほど歌ったところ。
Yさんとの距離が、とても近くなっていたことに気付きました。
(実際、1曲ごとに、距離が縮まっている気がした)
カラオケを出るとすぐそこはラブホ街だった。
私たちはすすきののホテルに詳しくないので、適当に入りました。
中は快適な温度。
※後でわかりましたが、心霊で有名なところでした。
知らぬが仏で色々やりまして、何だか活性化した気分になりました。
二人は定期的に会うことになり、しばらく家デートを重ねていました。
続く。
抗うつ剤飲んで仕事辞めました。
約5か月ぶりの日記です。
色々あったんですが、8月に仕事を辞めてしまいました。
以前からやる気が失われていたんですが、限界が来てしまいました。
仕事のミスが続き、罪悪感が酷くなり仕事中緊張しっぱなし。ヤバイと思った私は
ついに精神科のお世話になることを決意。
去年の9月ごろにもメンタル崩壊して、精神科に電話したんですが
最初の電話で1時間くらいカウンセリングをしました。根掘り葉掘り聞かれた後、
持病の治療経過書のようなものが必要とわかり、面倒なので放置していました。
今回は違うところへ電話してみましたが、電話でのカウンセリングはなく
初診のときに2時間くらい使って色々聞かれるという感じでした。
色んな科が入ったビルだから、病んだ人だと思われずに入れます。
心理カウンセラーの人に過去の話を聞かれました。たくさん時間をかけてゆっくり
お話できました。
そしてしばらく待合室で待った後、先生の部屋へ。ここでも色んな話ができました。
通ってた高校の話になると、社会の先生の友達だということがわかりました。
社会の先生も、精神的な悩みを打ち明けてきたりしたそうで、自慢ばかりしてる
人だったけど意外だな~と思いました
病名ですが、人前で何かをするのが不安、人が怖い等の症状から「全般性不安障害」と診断されました。
抗うつ剤で有名なSSRIの中のレクサプロ錠を、まずは1日半錠ずつ飲むことになりました。
夕食後飲んですぐに睡魔に襲われ、布団に倒れこみました。
次の日は吐き気が止まらなかったです。
5日くらいするとひどい吐き気もおさまり、だんだん変化が出てきました。
とても動きやすい。
人の目を気にして会社でガチガチだった私ですが、感情がまっ平になり、
社内を歩き回れるように。
感情の落ち込みも全然ありません。前みたいに考えすぎて泣くこともない。
やった~と喜んでましたが、眠気は相変わらずひどく・・・。
弊害がもう一つ。ある日花火を見に行ったのですが、前ほど心が動きません。
楽しくない・・・?
抗うつ剤って、気分を明るくするというよりは思考や感情の振れ幅を制限して、
悪いことを深く考えさせないようにする薬なんだなあと勘づきました。
そして、薬のせいなのか前よりミスが多発していました。でも、まあいっかと自分に寛大になれます。
家族の前でそれを話していると、それはだめだ。と父。
確かにだめなんだけど、罪悪感に押しつぶされそうになって心が病むのを防ぐために
精神科にお世話になっているんです。
ミスをなくすのも、頑張ってはいるもののなかなか直りません。
その後父と喧嘩になり、どうでもいいや状態になった私は朝起きるのも面倒になり
とうとう仕事を辞めてしまいました。
勢いで仕事を辞めたので、その後のことは頭にありませんでした。
保険証がない。通院できない。
心が平坦になり毎日がつまらないので、薬もやめることにしました。
自動車学校も行っていません。 残り4か月で期限切れます(震)
バスの中から見た学生さん
私は通勤にバスを使っています。
バスの中から、外を歩く人を見るのが好きです。
制服姿の学生たちもたくさんいて、眠たそうな面倒そうな顔をしている子や
友達と楽しそうに笑いながら歩く子、それぞれの朝って感じです。
母校の生徒が歩いていくのを見ていると、その中に、
私が学生だった当時の同級生が、記憶のままの姿で紛れ込んでそうな気がするのです。
高校の頃、友達と呼べる人がいなかったので、卒業してからもクラスメイトと
連絡を取ることはありません。正直、名前も忘れかけています。
でも、、数年前と同じように、普通に登校していそうな気がします。
私には親友と呼べる人がいません。唯一いるのは幼馴染で、最近は半年に一回ほど
軽く遊ぶ限り。その間に、どんどん大人になっていくな、と思うこともあるし、
変わらないな、と思うこともあります。
小学生で人間不信になりかけ、中学で本格的に不登校になった私は、
思春期に人間関係の築き方を学ばず大人になりました。
高校では、ほとんど感情をなくしていましたが、そのおかげで3年生時は皆勤賞を
とることができました。
中学の同じクラスだった子から見ると、悟りを開いているように見えたそう。
教室移動、お昼、一人でも全然平気。一人が当たり前になっていました。
中学の頃、体育の自由時間のとき、一人で座り込んでいたら
色々話しかけてくれた女の子がいました。
「もっとみんなで話そう」「もっと楽しもう」「中学時代は今しかないよ」
言葉ははっきり覚えていませんが、だいたいこんな内容だったと思います。
私の将来を見かねて、言ってくれたのでしょう。
「は、はあ・・・」みたいな気持ちで聞いていました。
今の私が中学生の自分に何か言うとしても、同じことを言うと思います。
私はいつも気づくのが遅いです。
卒業するときや、仕事を辞める人を見送るとき、
「もうこの人とは一生会うことはない」と思うと、急に、惜しい気分になります。
この人の記憶の中では、のんきぶたは暗い人。この先、もし私を思い出すことがあれば
ずっとそのイメージのままなんだな・・・と思います。
学生たちには、そんな後悔のないように毎日過ごしてもらいたいですね。
今の彼氏と出会うまで Yさんとの話①
今の彼氏に出会うまでの紆余曲折
こんなの見られたら大変なことになってしまいますが・・・。時効だと思うので。
高校生のとき、初めて付き合った彼氏。
付き合うというか、今思えば私が勝手に彼氏にしていました。
出会いは高3の夏、某掲示板経由の出会いにハマっていました。
そういうのにハマったきっかけも今度書きたいですが、
高2の冬休み中 ユーミンを聴いたのが大きな原因です。(いずれ書きます)
進路はFラン私大で推薦だったので、勉強は適当で、暇なときに
友達募集スレで募集をかけていました。
17才 ♀
音楽好き 食べるの好き ゴロゴロするの好きです。
仲良くなったら一緒にカラオケ行きたいです。
こんな感じの文章でした。17歳ではなくて 才 と表記するのがポイントです。
しばらくすると、ポロポロとメールが届きます。
夏休み真っ只中だったので、たくさんメールできました。
中でも、Yさんという男の人と話が盛り上がりました。
住んでいる場所が割と近いこともあり、駅近くの大きな公園で待ち合わせてカラオケに行くことに。
めちゃくちゃ暑い日でした。
公園につき、遠くからそれっぽい人を探しましたが、緊張でよくわからず。
ベンチに腰掛けて、汗だくの手でメールを打ち、自分の服装を伝えました。
すると、前から地味な男の人が歩いてきました。
この人がYさん(自称24)でした。
24にしては地味だと思いながら、少し話して、カラオケへ入りました。
カラオケの中のひんやり感も忘れられません。
とても地味な彼が最初に歌ったのは
この曲でした。
そして、健全に3時間ほど歌い、その後歩きながら
「休憩する?」
と言われ、向かった先はミスタードーナツ。
音楽の話をして、その日は帰りました。
初めて異性とデート的なものをした私は、すっかり浮かれてしまい、
帰宅後にメールで、付き合いたいです と送ってしまいました。
Yさんは戸惑ったような返事でしたが、最終的にいいよ、と許可をくれました。
つづきます。
いつか普通になるために
書きたいので書きます。
普通って何だろう?って昔から考えてきました。
この考えに憑りつかれだしたのは、小学生のころ、
持病のちゃんとした病名がわかり治療を始めたくらいからでした。
他人と自分。なぜ、他の人は元気いっぱい?私は何もしてないのに。
病気になって、しかもそれに気づいた人から差別される。
しかも、お金もかかる。 普通に近づくには、お金がかかる。
神様はなんて不公平なんだろう・・・と思っていました。
(私が入院したとき、当時の担任の先生はクラスの人に、「病気は神様のいたずらなんだ。」と説明したらしいけれど、それを聞いてモヤモヤしていました)
でも、大人になってから分かったのは、子供の時から病気を持っている人が少ないだけで、年を取るにつれて皆何かしら体に不調が出てくるよね。ということです。
私が最初から持病を持っていなければ・・・病気!という言葉に対する免疫がなくて、
大人になってから大きな病気にかかると、ショックでへこんでいたかもしれない。
それなら、小さいころから凹みに慣れていたほうが、マシかな?と思えるようになりました。。
働き出してからは、病気ではなく、違う意味での普通を考えてしまいます。
私は、最近よく耳にする発達障害っ気があります。
幼少期は何も考えずに行動、発言し周りを振り回し、ある時期から人間関係に悩み、
忘れ物が多く、時間を把握するのが難しく待ち合わせを守れない、人によくぶつかる・・・など、精神科に行くとADHDと診断されてしまいそうな感じです。
なかなか、人と同じようにできません。今の職場はもうすぐ2年になりますが、
明らかに同じ時期に入った人より、劣っています。
対人恐怖や緊張がとれないため、社会人の常識のホウレンソウがうまくできないのです。
うまく説明できるかな?→変なことを言って、おかしな人だとまた思われそう。→
まあいいや、たぶん大丈夫だろう。大丈夫だと信じよう。
こんな思考なのでミスが多発します。
先輩も私の発達障害っ気を察したのか、
「協力できることがあったら言ってください。」と声をかけてくれます。
が、全ての原因は私の性格にあるので、私のほうで治さないと何も変わらないのです。
ちょっと偉い方が、話し合いの機会を設けてくださって、
さっきの先輩の言葉と同じことを言われましたが、、
私はそれを言われるたびに泣きそうになります・・・。
頑張っても頑張ってもトラウマから解放されなければ、何もならない。
頑張ってようやく普通になっても、普通の人にとってはそれが頑張っていない状態。
差がありすぎます。
この話を、重くならない感じで彼氏にしました。
彼氏は「いや、普通の人なんかいないって。」と笑っていました。
普通より上へ、あの人より上へ、ではなくて、頑張り度が大事。
(わかりづらい。他の人のほうが上にいるけど、頑張り度は同じだよ!の図。
これをむなしいと思うか、いいじゃんと思うか??)
それは分かってるんですけど、まだ納得いかないですね。
私はいつか家庭を持つのが夢なのですが(25歳くらいには。。。)
それまで、どのくらい普通の人間になれているかな?と想像して、よく不安になります。
そういうときには、、暗い泥沼みたいな中学生だった自分を思い出します。
あの頃の自分は、大人になって働いて、友達はいないけど彼氏がいる未来を
少しも想像できませんでした。
それと同じように、数年後、今は想像できないような自分になれてたら、と
期待してしまうこともあります。
とりあえず、今はできることだけをしていきたいですね。(結論)
自動車学校に通います
色々忙しくしている間に5月になっていました。GWも明日で終わりですね。
今日は一応仕事でしたが早く終わりました。
GWは桜を見に行ったり海を見に行ったり、自然の中で過ごしました。
普段機械と触れ合っているため、自然が恋しくなることが多いです。
近くのサイクリングロードには桜がたくさん咲いていて、自転車で颯爽と走る人もいれば、のんびりお散歩する人もいます。私は去年は自転車でしたが今年は歩いてみました。
中には車いすのお年寄りと家族もいたりして、来年も桜見れたらいいね、、と思ったりしました。
生きているうち、あと何回見ることができるか?考えてしまいます。
GW中、だいぶ、心がリセットされた気がします。。
更新していない間、色んなことがあったのですが、まず
自動車学校に行くことに決めました。
彼氏(32)の一言がきっかけでした。
私が免許を取ったら、欲しかった車を買う。そう言い出したので、
即賛成しました。
結局、学校に通う前に購入・納車となりましたが・・・。
親からは、お前には無理 と言われています。
この親、数日前に
「できないという前に何でもやってみろ。お前はまだ若いんだ。」と
語っていましたが・・・。
確かに私も心配です。
昔から運転する夢を見ますが、必ず最後に人を轢いてます。
人殺しにならないように頑張ります。