社会不適合者のんきぶたブログ

普通って何だろう??普通になりたい21歳の雑記です。

バスの中から見た学生さん

私は通勤にバスを使っています。

バスの中から、外を歩く人を見るのが好きです。

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制服姿の学生たちもたくさんいて、眠たそうな面倒そうな顔をしている子や

友達と楽しそうに笑いながら歩く子、それぞれの朝って感じです。

 

母校の生徒が歩いていくのを見ていると、その中に、

私が学生だった当時の同級生が、記憶のままの姿で紛れ込んでそうな気がするのです。

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高校の頃、友達と呼べる人がいなかったので、卒業してからもクラスメイトと

連絡を取ることはありません。正直、名前も忘れかけています。

でも、、数年前と同じように、普通に登校していそうな気がします。

 

私には親友と呼べる人がいません。唯一いるのは幼馴染で、最近は半年に一回ほど

軽く遊ぶ限り。その間に、どんどん大人になっていくな、と思うこともあるし、

変わらないな、と思うこともあります。

小学生で人間不信になりかけ、中学で本格的に不登校になった私は、

思春期に人間関係の築き方を学ばず大人になりました。

高校では、ほとんど感情をなくしていましたが、そのおかげで3年生時は皆勤賞を

とることができました。

中学の同じクラスだった子から見ると、悟りを開いているように見えたそう。

教室移動、お昼、一人でも全然平気。一人が当たり前になっていました。

 

中学の頃、体育の自由時間のとき、一人で座り込んでいたら

色々話しかけてくれた女の子がいました。

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「もっとみんなで話そう」「もっと楽しもう」「中学時代は今しかないよ」

言葉ははっきり覚えていませんが、だいたいこんな内容だったと思います。

私の将来を見かねて、言ってくれたのでしょう。

「は、はあ・・・」みたいな気持ちで聞いていました。

今の私が中学生の自分に何か言うとしても、同じことを言うと思います。

私はいつも気づくのが遅いです。

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卒業するときや、仕事を辞める人を見送るとき、

「もうこの人とは一生会うことはない」と思うと、急に、惜しい気分になります。

この人の記憶の中では、のんきぶたは暗い人。この先、もし私を思い出すことがあれば

ずっとそのイメージのままなんだな・・・と思います。

 

学生たちには、そんな後悔のないように毎日過ごしてもらいたいですね。

 

 

 

今の彼氏と出会うまで Yさんとの話①

今の彼氏に出会うまでの紆余曲折

こんなの見られたら大変なことになってしまいますが・・・。時効だと思うので。

 

高校生のとき、初めて付き合った彼氏。

付き合うというか、今思えば私が勝手に彼氏にしていました。

出会いは高3の夏、某掲示板経由の出会いにハマっていました。

そういうのにハマったきっかけも今度書きたいですが、

高2の冬休み中 ユーミンを聴いたのが大きな原因です。(いずれ書きます)

 

進路はFラン私大で推薦だったので、勉強は適当で、暇なときに

友達募集スレで募集をかけていました。

 

17才 ♀

音楽好き 食べるの好き ゴロゴロするの好きです。

仲良くなったら一緒にカラオケ行きたいです。

こんな感じの文章でした。17ではなくて  と表記するのがポイントです。

 

しばらくすると、ポロポロとメールが届きます。

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夏休み真っ只中だったので、たくさんメールできました。

中でも、Yさんという男の人と話が盛り上がりました。

住んでいる場所が割と近いこともあり、駅近くの大きな公園で待ち合わせてカラオケに行くことに。

 

めちゃくちゃ暑い日でした。

公園につき、遠くからそれっぽい人を探しましたが、緊張でよくわからず。

ベンチに腰掛けて、汗だくの手でメールを打ち、自分の服装を伝えました。

 

すると、前から地味な男の人が歩いてきました。

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この人がYさん(自称24)でした。

24にしては地味だと思いながら、少し話して、カラオケへ入りました。

カラオケの中のひんやり感も忘れられません。

 

とても地味な彼が最初に歌ったのは

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この曲でした。

そして、健全に3時間ほど歌い、その後歩きながら

「休憩する?」

と言われ、向かった先はミスタードーナツ

音楽の話をして、その日は帰りました。

 

初めて異性とデート的なものをした私は、すっかり浮かれてしまい、

帰宅後にメールで、付き合いたいです と送ってしまいました。

 

Yさんは戸惑ったような返事でしたが、最終的にいいよ、と許可をくれました。

 

つづきます。

 

 

 

 

いつか普通になるために

書きたいので書きます。

普通って何だろう?って昔から考えてきました。

 

この考えに憑りつかれだしたのは、小学生のころ、

持病のちゃんとした病名がわかり治療を始めたくらいからでした。

他人と自分。なぜ、他の人は元気いっぱい?私は何もしてないのに。

病気になって、しかもそれに気づいた人から差別される。

しかも、お金もかかる。 普通に近づくには、お金がかかる。

神様はなんて不公平なんだろう・・・と思っていました。

(私が入院したとき、当時の担任の先生はクラスの人に、「病気は神様のいたずらなんだ。」と説明したらしいけれど、それを聞いてモヤモヤしていました)

 

でも、大人になってから分かったのは、子供の時から病気を持っている人が少ないだけで、年を取るにつれて皆何かしら体に不調が出てくるよね。ということです。

私が最初から持病を持っていなければ・・・病気!という言葉に対する免疫がなくて、

大人になってから大きな病気にかかると、ショックでへこんでいたかもしれない。

それなら、小さいころから凹みに慣れていたほうが、マシかな?と思えるようになりました。。

 

働き出してからは、病気ではなく、違う意味での普通を考えてしまいます。

私は、最近よく耳にする発達障害っ気があります。

幼少期は何も考えずに行動、発言し周りを振り回し、ある時期から人間関係に悩み、

忘れ物が多く、時間を把握するのが難しく待ち合わせを守れない、人によくぶつかる・・・など、精神科に行くとADHDと診断されてしまいそうな感じです。

 

なかなか、人と同じようにできません。今の職場はもうすぐ2年になりますが、

明らかに同じ時期に入った人より、劣っています。

対人恐怖や緊張がとれないため、社会人の常識のホウレンソウがうまくできないのです。

うまく説明できるかな?→変なことを言って、おかしな人だとまた思われそう。→

まあいいや、たぶん大丈夫だろう。大丈夫だと信じよう。

こんな思考なのでミスが多発します。

 

先輩も私の発達障害っ気を察したのか、

「協力できることがあったら言ってください。」と声をかけてくれます。

が、全ての原因は私の性格にあるので、私のほうで治さないと何も変わらないのです。

ちょっと偉い方が、話し合いの機会を設けてくださって、

さっきの先輩の言葉と同じことを言われましたが、、

私はそれを言われるたびに泣きそうになります・・・。

頑張っても頑張ってもトラウマから解放されなければ、何もならない。

頑張ってようやく普通になっても、普通の人にとってはそれが頑張っていない状態。

差がありすぎます。

 

この話を、重くならない感じで彼氏にしました。

彼氏は「いや、普通の人なんかいないって。」と笑っていました。

普通より上へ、あの人より上へ、ではなくて、頑張り度が大事。

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(わかりづらい。他の人のほうが上にいるけど、頑張り度は同じだよ!の図。

これをむなしいと思うか、いいじゃんと思うか??)

それは分かってるんですけど、まだ納得いかないですね。

 

私はいつか家庭を持つのが夢なのですが(25歳くらいには。。。)

それまで、どのくらい普通の人間になれているかな?と想像して、よく不安になります。

そういうときには、、暗い泥沼みたいな中学生だった自分を思い出します。

あの頃の自分は、大人になって働いて、友達はいないけど彼氏がいる未来を

少しも想像できませんでした。

それと同じように、数年後、今は想像できないような自分になれてたら、と

期待してしまうこともあります。

とりあえず、今はできることだけをしていきたいですね。(結論)

自動車学校に通います

色々忙しくしている間に5月になっていました。GWも明日で終わりですね。

今日は一応仕事でしたが早く終わりました。

GWは桜を見に行ったり海を見に行ったり、自然の中で過ごしました。

普段機械と触れ合っているため、自然が恋しくなることが多いです。

近くのサイクリングロードには桜がたくさん咲いていて、自転車で颯爽と走る人もいれば、のんびりお散歩する人もいます。私は去年は自転車でしたが今年は歩いてみました。

中には車いすのお年寄りと家族もいたりして、来年も桜見れたらいいね、、と思ったりしました。

生きているうち、あと何回見ることができるか?考えてしまいます。

GW中、だいぶ、心がリセットされた気がします。。

 

更新していない間、色んなことがあったのですが、まず

自動車学校に行くことに決めました。

彼氏(32)の一言がきっかけでした。

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私が免許を取ったら、欲しかった車を買う。そう言い出したので、

即賛成しました。

結局、学校に通う前に購入・納車となりましたが・・・。

親からは、お前には無理 と言われています。

この親、数日前に

「できないという前に何でもやってみろ。お前はまだ若いんだ。」と

語っていましたが・・・。

 

確かに私も心配です。

昔から運転する夢を見ますが、必ず最後に人を轢いてます。

人殺しにならないように頑張ります。

 

挫折したまま生きてる気がする 体調の変化

日があいてしまいましたが、書いてみます。

 

空白の期間

私は病気をもっています。病名や症状を書くと身バレの危険があるのでやめますが、

24時間テレビのコーナーで取り上げられたこともある珍しい病気です。

完治はしないので、経過観察して悪化したら治療の繰り返しですが、

昔と比べたらほぼ完治したといえるくらいによくなりました。

 

最初症状が出たのは3歳のときでした。

小児科の先生に診てもらって、ある大きな病院の紹介状を書いてもらいました。

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 総合病院で、そこのとある科にかかることになりました。

小児科で診てもらったときもはっきりと病名は分からないとのことでしたが、

ここでも病名は教えてもらえませんでした。というか分からなかったみたいです。

処方された変な色の塗り薬のせいで、患部が不気味な色に染まっていたので、

そこを見られると、何それ気持ち悪い!と容赦ない言葉をかけられることもありました。

変な色の薬を患部に塗りつづけ、マズイお薬を飲み続けていたら、いつの間にか

私は小5になっていました。

 

病院へは定期的に通っていましたが、その日はいつもの先生の休診日でした。

 そこで違う先生が登場し、私の病状を診るなり顔が険しくなりました。

 

「これは、違う科のほうが良いですよ」

 

どうやら、長い間誤診されていたみたいでした。

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そのあと、今も診ていただいている先生と出会い、テンポよく手術の話が進んだので

私も親もモヤモヤが解けてスッキリしたはずです。

 

診察でモヤモヤしたことといえば、造影剤を使ってMRIを撮るうえで、万が一死ぬことがあるかもしれないと話を聞いた日に。

たまたま医学生が見学?研修?に来ていたことがありました。

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怖すぎて部屋から出た後大泣きしました。

医学生でいっぱいの中での診察は、あれが最後だと思いたいです・・・。

 

考え込み病

これはいじめ事件と同時進行のお話なのです。多感な少女だった私は色々考えこむようになりました。

思春期に入るまで、謎の万能感があったので病気のことはさほど気にしていませんでした。

毎日楽しくて悩む暇がなかったのですし、何か言われたときしか病気のことは考えていなかったと思います。

 

ところがいじめを受け、それと同時期に病名を告げられ、本格的な治療が始まり、

私は普通じゃないんだな。 

ということに気付き始めたのです。

一回の手術での入院期間は10日間程と短いですが、退院しても生活に支障をきたす

感じだったので、

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こんなふうに思うようになりました。

普通じゃない。その自覚で、今までできていたことが難しいと感じるようにも

なりました。

 あの頃の自分に、もう少し大人になれば落ち着くから、難しく考えすぎるな!と言ってやりたいけど。

当時の自分には大きな悩みの一つになっていました。

 

挫折したまま生きてる気がする 小学校のいじめ②

こんばんは。nonkibuta.hatenablog.com

この続きです。

Tちゃんの勧めで、担任兼顧問の先生(S先生とします)のところへ相談しに行きました。

確か友達を連れて。

S先生はウンウンとうなずき、二人の会話ややり取りをよく見るようにすると約束してくれました。

相談するのは勇気が要りましたが、その分安心しました。強い味方ができたと思っていました。S先生が担任で良かった!と初めて思っていました。

S先生は厳しくヒステリ同じ学年の担任の中でも、一番恐れられていた先生だったのです。(小5の始業式のとき、担任がS先生と発表されると、私のクラスだけ空気が凍りました。)

 

ですが、それからいじめらしいことは続きましたが、S先生は何もせず、見て見ぬふりをしました。

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クラスでのお調子者の私を知っているので、多少痛い目に合わせたかったのかもしれないです。

 

一度親に言ったこともありました。が、お前が悪い、そんなの言い返せ、となぜか説教が始まり、最終的には「親にいじめられてると相談するなんて恥ずかしい。」とため息をつかれてしまいました。

心が弱っていき、いじめやその他のストレスが重なり、登校拒否を繰り返しました。

そして、待ちに待った日が近づいてきたのです。

 

先輩の卒業

部内では6年生を送る会が開かれ、その中で手紙交換がありました。

そこに書いてあった言葉です。

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今までしてきたことを無かったことにするかのようなゴメンネ!の文字。

ニコニコして、ちょっと涙ぐむ感じのMちゃん。

終わり良ければすべて良しってか? 思いました。

 

それから私の心には、

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からの

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の流れが、ずっとトラウマとして残ることになるのでした。

 

 

 

挫折したまま生きてる気がする 小学校のいじめ①

こんばんは。vistaからwindows10になったんですが難しいですね。

マーク?アイコン?がカッコよくなっていて、何が何だかわからない。手探り状態です。

 

挫折の話

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生きていればいつかは挫折を経験すると思います。大人で、うまくいってる人もいってない人も、挫折したことないって人はいないんじゃないかと思いますが、時間が経てば立ち直って進んでいける人が多いはずです。

私も挫折といえるか分かりませんが、挫折っぽい経験をしました。

でも、転んで立ち上がれないまま、今までずっと生きてきた感覚があるのです。

挫折その1.小学校高学年で受けたいじめ

私は幼い頃とにかく活発で、思い立ったら即行動、体を動かしていないと気が済まないような感じだったみたいです。

考えずに行動したり言葉にしてしまうところがあったので、今思う以上にいろんな人を

傷つけていたかもしれないです。

思い出せるのは、休み時間に好きな人がやっていたオセロをぐちゃぐちゃにして逃げたり、わざと友達のボールペンを分解して泣かせたり、、

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親が言うには「いじめられっ子よりいじめっ子にならないか心配だった」ようで。。

しかもあの頃はなぜか勉強をしなくてもテストで点を取れたのと面白キャラで、優等生扱いをされ、全てがうまくいっていた私は調子に乗っていたのです。

担任の先生はそれに気づいていました。

 

高学年になり、とあるクラブ活動に入りました。担任の先生が顧問をしていて、部員が少ないから入って!と誘われました。

入った当初は先輩から可愛がられて楽しかったのですが、マイペースでお調子者の私に

目をつける先輩が現れたのです。

Mちゃんです。

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Mちゃんは私の一学年上で、自己主張のはげしい子でした。一人っ子なので、その影響でしょうか?同じく一人っ子の私とぶつかることになってしまいます。

私が丁寧に作業していると遅いと睨まれる。

早くすると手抜き!と怒鳴られる。

どうしていいのか困ってしまいました。

何か言いたげな顔をしてた私に「文句あるなら言って!」と二人きりのときに言われ

当時の私は完全にひるんでいました。人にハッキリと苦手意識を持つのは、これが初めてでした。

それからトラウマに残る出来事は続きます。

泣くほど嫌だった病院の検査の次の日、ずる休みの噂を広げていたり。

先輩の話の輪に入るのが怖くなっていたころ、たまたま興味のある話題をしていたので

思い切って話しかけたら無視して話を続行したり。

Mちゃんの家に呼ばれ、Mちゃんの母がいるリビングでは楽しく話してくれたのに、部屋に行くと先輩数人から蹴られたり。

そんな様子を見ていた先輩、Tちゃんがいました。

ある夜、Tちゃんから電話がかかってきました。先輩から電話が来るなんてビックリしたのを覚えています。

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Tちゃんは私がいじめられていたことに気付いていました。ですがその当時、私はいじめを受けているという自覚があまりありませんでした。

「先生に相談しよう?」優しいTちゃんはそう言ってくれました。

後で母から聞きましたが、Tちゃんの妹はいじめが原因で不登校になっていたみたいです。妹のこともあって、私を気にかけてくれたのかもしれないです。

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つづきます。